季語は四季折々の風情を愛でる日本文化の象徴です。季語に含められる動植物を中心に、写真付きの俳句歳時記風にまとめた「季語シリーズ」、今回は夏の第十九回です。今回は高浜虚子の伝統を継いだ飯田蛇笏の句を多く収載しました。いざよいさんの句も入れさせて頂きました。なお、猫凡というのは私の俳号です。
【薔薇】
音読は「しょうび」、薔は垣根、薇はそよぐの意で、垣根のところで風にそよいでいる花のイメージでしょう。
白薔薇に饗応の麵麭温くからぬ 飯田蛇笏
白きこと保つ難さよ白き薔薇 猫凡
【雨蛙】
基本的にはニホンアマガエルのことでしょうけれど、シュレーゲルアオガエルも含まれるのかもしれません。樹上性のカエルで、大きな水場がなくとも何とか生きていけます。
雨蛙鳴きゐる穂麦さやぎけり 飯田蛇笏
13度軽々超える雨蛙 猫凡
※自句自解:13度とは指がピアノのド〜オクターブ上のラまで届く、ラフマニノフなみということです。精一杯指を開いて壁にへばりついている姿からの連想です。
【葉桜】
桜の若葉。清々しさと共に、花を惜しむ気持ちが滲みます。
葉桜や嵐橋晴るゝ人の傘 飯田蛇笏
君と見し桜永遠にと願えども残酷なまで全て葉桜 猫凡
【えごの花】
清楚な白い花を鈴なりにつけて初夏を告げるえごの木。花は虫が訪れる度に儚く落ちていきます。
もの云はぬ餉のならひかもエゴの花 石橋秀野
えごひらき翅唸り湧きて夢うつつ 猫凡
【苔茂る】
梅雨の時期、高温多湿を好む苔は最も生き生きして見えます。
好日の梅おちまろぶ苑の苔 飯田蛇笏
苔茂り此処に我あり聳り立つ 猫凡
【忍冬の花】
忍冬ですいかずら或いはにんどうと読みます。花は良い香りがし、吸うと甘いので吸葛、白から黄色に変わるので金銀花、と異名が多いのは親しまれている証でしょう。
すひかづらすすればほのと恋心 赤沼淑子
すいかずら薄暮に蝶となりて舞ひ 猫凡
【送り梅雨】
梅雨末期の大雨。これで梅雨も終わり、という気分の滲む言葉です。
降りそそぐ雨くろぐろと送り梅雨 清水孝男
送り梅雨胸のすくほど我叩き 猫凡
【アガパンサス】
大抵の歳時記に未収載。涼やかな花色ですし、夏に詠みたくなる花であることは確かでしょう。
アガパンサスの青が解けてつゆの明 いざよい
不快指数そこだけ低しアガパンサス 猫凡
【初蝉】
夏初めて聞く蝉の声。下関市の平野部ではニイニイゼミです。梅雨の合間の晴れの日であることが多いように思います。
初蝉に忌中の泉くみにけり 飯田蛇笏
初蝉のちちいと細く叫びけり 猫凡
【アンスリウム】
歳時記未収載で季語ではありません。花期が長いのでそれも頷けますが、私はなぜか夏のイメージを抱いています。和名は紅団扇。
アンスリウムさすがに日脚のびにけり 阿波野青畝
アンスリウム何故思うマンドリル 猫凡
【花潜(はなむぐり)】
カナブンに似た甲虫で、成虫は花粉や蜜を求めて花に飛来します。
小手毬にはなむぐり風やさしき日 久世裕子
洗濯機ぶうんと回る昼下がり低き翅音の花むぐり舞ひ 猫凡
【風蘭】
日本に自生する代表的な着生ラン。「深山にこれあり。榧、椴等の幹の間に多くこれあり。葉の形万年青に似て細く小さく、長さニ三寸、六月一茎を抽き、小白花を開く。末曲がり微香す」(和漢三才図会)見事な説明文です。
来る人に風蘭おろす軒端かな 言水
半輪の影風蘭の上で揺れ 猫凡
※自句自解:李白の「峨眉山月」のもじりです。
峨眉山月 半輪の秋
影は平羌江の 水に入りて流る
夜 清渓を発して 三峡に向こう
君を思えども見えず 渝州に下る
半輪とは半月、その光が水面に揺れる川を、故郷を捨てて下っていく情景です。深山の渓谷で風に揺れる風蘭を月光が照らしているところを夢想しました。
【べら】
キュウセンや写真のササノハベラなどベラ科の総称。派手な色のものが多く、西日本では煮付けなどでよく食されます。夜は砂に潜って休んでいるので釣れません。
赤べらの上に青べら魚籠の中 吉野十夜
海中に星図閃く赤きべら 猫凡
【ユッカ】
厚くて硬い葉を持つ常緑低木。君が代蘭、糸蘭などと呼ばれます。一般的観葉植物ですが、温暖な地域では野生化したものが見られます。
雨あしの広場にしぶきユツカ咲く 飯田蛇笏
廃屋のユッカ浜辺に唯独り 猫凡
【夏の浜】
強い陽射し、白い砂浜、戯れる若者たち。そんな情景が嘘のような明け方の静穏。全てにおいてコントラストが強いのが夏の特徴かもしれません。
よるべなく光あかるし夏の浜 山口誓子
夏の浜めかぶ一株ぐりごろり 猫凡
【鱚(きす)】
キス科のシロギスのこと。浅い砂底を群泳し、ゴカイなどを摂っています。小気味良い魚信、美しい魚体、天麩羅に最高の淡白な白身で釣り人を魅了する夏のプリンセスです。
指にきく鱚の当りや夜明け雲 西野よし枝
鱚の瞳も釣る妹の瞳も黒眼がち 猫凡
【凌霄花(のうぜん、りょうしょうか)】
ノウゼンカズラのことです。どこにでも這い上がる蔓植物で、大きな橙色の花を多数付けます。凌霄とは「霄(そら)を凌(しの)ぐ」の意です。
凌霄花のほたほたほたりほたえ死 文挾夫佐恵
凌霄花ここまでおいで来れるなら 猫凡
【灯取虫(ひとりむし)】
飛んで火に入る夏の虫。主にガの仲間ですが、時には甲虫やバッタの類も。写真はモモスズメという蛾です。
幽冥へおつる音あり灯取虫 飯田蛇笏
切なさに悶え灯に入る桃雀赤き襦袢か燃ゆる炎か 猫凡
【箱眼鏡】
箱の底にガラス板を嵌めた道具。サザエ、アワビ、ウニを採ったり、魚を突いたりするのに使います。
箱眼鏡みどりの中を鮎流れ 宇佐美魚目
箱眼鏡我も一尾の魚となり 猫凡
【納涼】
炎暑の一日が終わり、夜の風に吹かれてしばし憩う。夏ならではの風情。
妓生の「支那の夜」すゞし長鼓鳴る 飯田蛇笏
猫の眼も顔も満月塀涼み 猫凡
いかがでしたか。季語シリーズは能うかぎり続けてゆきます。次回もどうぞお楽しみに。
季語シリーズ、picと共に楽しく拝見させて頂きました。
猫凡さんの句も😊
ありがとうございます。