今から15年前の2011年3月11日、14:46マグニチュード9の大地震が宮城県沖に発生して、東北地方に大津波が押し寄せ、甚大な被害をもたらしました🥹💦
その震災から得た教訓を風化させないため、語り部さん方が活動されています😌💦
そのことを知り、今回、南三陸町で活動されている語り部バス🚌ツアーに参加してきました😌💦
宿泊先ホテルを8:45に出発して被災地跡へ…
震災前は、海からの恵みに溢れる自然豊かな景色が拡がる地区でした…
ところが、地震による大津波が一瞬で町を襲い、町の姿は一変してしまったのだそうです😨💦
この海のすぐ近くに戸倉小学校があり、2日前に竣工されたばかりの体育館も校舎も被災してしまったとのこと…😨💦
でも先生方の判断で、児童たちは地震の直後すぐに高台へ避難して、全員無事だったそうです🙆💓
不幸なことに大川小学校では、避難場所を誤り、多くの方々が帰らぬ人となられたそうです😢
高野会館
高野会館は、南三陸ホテル系列の主に結婚式場や催し物会場として使われていた建物とのこと…。
近くで見上げてみると、青い文字で津波到達地点のマークが見えます👀💦
改めて津波が屋上近くまで到達したことが分かり恐怖を感じました😵
その日は、たまたま老人会のイベントで会館が使われていたそうです…
会館関係者の方に屋上まで誘導された参加者の方は、全員無事だったとのこと。
その時の写真がこちらで、水が溜まった屋上から助けを待つ間、近くの病院も被災して、ベッドごと流される患者さんや助けを求める人々を、ただ見守るしかすべがなく、トラウマになった方もいたそうです😢
防災対策庁舎
南三陸町の防災対策庁舎のそばには、町役場も隣接して建っていましたが、やはり津波で全て壊されてしまって、防災対策庁舎の骨組みだけが残っていました…。
震災当日、防災マイクで最後まで町民に避難を呼び掛けていた24歳の職員さんも、若くして津波の犠牲になられたそうです😢
南三陸311メモリアル
約1時間で被災地を巡り、バス🚌を降りた後
いろいろなことが頭を巡りました…🥹💦
大災害で多くの人々の命が失われる現実に向き合ったあの日々…
亡くなられた一人一人に、それまで懸命に生きてきた人生があり、生きるべき明日があったはずです…😌💦
死と隣り合わせで、九死に一生を得た方々も、犠牲になられた方の分まで、辛くても生きていく覚悟で復興に取り組んでらっしゃいます…😌💦
最後に、多くの方々が南三陸町を訪れてくださることが、復興の後押しにもなるとガイドさんがおっしゃり、来てよかったと素直に思いました😌💦
何気ない日常に感謝しつつ、これからも生活していこうと思える体験でした😌💦
最後まで、お付き合いくださり、本当にありがとうございました🙇💓
みどりのまとめ、読ませていただきました。
私はまだ、東北に行けてません。
三陸鉄道に乗ろうと、ずっと言ってるのですが、今年は行けそうもないです、今行かなくていつ行くんだよね、
あきちゃんは、当時は横浜にいたんですね。
関東も揺れましたよね。
今日は午後は家の中で、大人しく過ごしています。
ありがとうございました。