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朝鮮人参の一覧

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醜男
高麗人参(コウライニンジン)/朝鮮人参(チョウセンニンジン)/御種人参(オタネニンジン) ウコギ科トチバニンジン属の多年草。朝鮮半島、中国原産。茎は直立し単一。葉は茎の上部に3~4輪生し、掌状複葉。小葉は5枚で卵形か倒卵形、鋭尖頭、細鋸歯縁。花期は5~6月。茎の頂に花茎を単生し、その先端に淡緑色の小さな花を多数、球状の散形花序に付ける。夏に赤い果実がなる。根を薬用として利用する。収穫までに6年を要する。 播種後5~6年目の秋、地上部の葉が枯れる頃、根を掘り採り、水洗いしながら竹べらで表皮を剥がし、天日で乾燥させて、白く干し上げる。成分はサポニンのジンセノシド、精油のパナキセノールやコリンなど。非常に高い滋養強壮作用があり、食欲不振・胃弱などで衰弱しているときに煎じて服用する。 江戸時代までは人参といえば高麗人参を指した。隋、唐の時代より、朝鮮からも薬用としての人参が入ってきているが、栽培が不可能だった。徳川吉宗は人参の国産化を考え、当時、幕府の資金の援助を受けて、一手に人参の輸入に当たっていた対島藩に命じて、苗、種子を入手し、栽培を何回か試しているうちに10年後の1729年に栽培が可能との明るい見通しを得た。日光東照宮御神領地内の篤農家大出伝左衛門に委託栽培させることによって人参栽培は成功した。幕府崩壊で、日光地方の人参栽培は終わったが、この栽培技術は今日、会津、信州、出雲(鬼島)に引き継がれている。 徳川吉宗の頃の栽培者を参作人と呼んだが、幕府は参作人に種子とこれに必要な肥料を無料貸与、参作人の方はできた人参を幕府からの預かり物として、これを返して、畑使用料と栽培の手間賃を頂戴するというシステムになっていた。これは幕府崩壊まで138年続いた。参作人は幕府から貸与される種子に御の字をつけ、御種(おんたね)と敬称で呼んだ。これが詰まってオタネニンジンの名になった。 出典『薬草の呟き』『熊本大学薬学部 薬草園 植物データベース』
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